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Re: 駆逐しないで!
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年11月26日(水)08時47分3秒
返信・引用
>
No.712[元記事へ]
猫夜叉さんへのお返事です。
> 或意味下品で一途な雑誌が見てみたいですね。
今思えばやはり「写真時代」とかすごくエネルギッシュで刺激的だったですよね。
ああいうものを出したいという欲求は高まってきていると感じるのですが、この不景気では無理ですかね〜?
> >亜流をやり遂げる覚悟
>
> えっ、いかさま師の開き直りみたいな感じですか???
今は素人的なものが主流だとすると、玄人的なものは亜流という位置づけでしょ。
その上での書き込みなのですが、もうそのへんどうでもよくなって、とにかくぶつけてみたいというまるで世間知らずな若者のようなイライラ感がつのるばかりです。
その意味では「まっすぐな開き直り」をしたいものです。(苦笑)
http://www.valoy.com/
Re: 駆逐しないで!
投稿者:
猫夜叉
投稿日:2008年11月25日(火)03時28分52秒
返信・引用
>
No.711[元記事へ]
>この特集は一応芸術としての視点・・・
でしたね。
今朝、新幹線乗る前に駅のスタンドで
30秒ほどペラペラとみました。
何故ですかね、上手く言えませんが一見して見る気が失せました・・・(苦笑。
お座なりのアート特集とでもいいますか・・。
或意味下品で一途な雑誌が見てみたいですね。
>亜流をやり遂げる覚悟
えっ、いかさま師の開き直りみたいな感じですか???
Re: 駆逐しないで!
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年11月23日(日)01時25分28秒
返信・引用
>
No.710[元記事へ]
> ティーン向けの雑誌がデザインを無視して
> 情報を詰め込むのは、立ち読みさせにくくするためとか
ええっ?あれはデザインセンスが悪いからじゃないんですか?
デザイナーやカメラマンが年々単なるオペレーターになっているのは避けられない流れだと思うんですが、立ち読みして買いたくなる雑誌を作ることが仕事のはずなのに…つまらんですね。
> カメラも写真も商業的価値観では悲しいかなタダのホビーになるわけです。
> ホビーや商業として考えるから銀塩は将来が無いという思考になるのかな。
> 芸術としての思考なら、道具や技術なんて関係ないわけです。
この特集は一応芸術としての視点なのですが、明らかにスポンサー(メーカー)目線ですね。
プリンターがなかなか売れなくなって、その後押しをしろと言われたような感じです。
でも退色の実験なんかもしているのですが、掲載されているサンプルは「そこまで退色しちゃあ使えないだろ!」と言いたいほどのもの。
とてもお粗末です。
銀塩時代もメーカーの裏操作はあったのでしょうが、少なくともここまでの矛盾は感じなかったです。
> ネイチャーとホビー以外の作品を公開発表するエリア(場所・メディア)が
> 極端に少なくなりつつありますね。
> 写真の主流は完全にアマチュアへ移行しちゃいました。
素人大絶賛時代ですね。
うーん、こうなったらとことん亜流をやり遂げる覚悟で勝負するしかないですね。
http://www.valoy.com/
Re: 駆逐しないで!
投稿者:
猫夜叉
投稿日:2008年11月21日(金)17時36分59秒
返信・引用
>
No.709[元記事へ]
雑誌も商業的価値観だけで作られてますね。
ティーン向けの雑誌がデザインを無視して
情報を詰め込むのは、立ち読みさせにくくするためとか
というのを聞くと、大不況の中、今後も益々つまらん方向に
いくんでしょうね。
カメラも写真も商業的価値観では悲しいかなタダのホビーになるわけです。
ホビーや商業として考えるから銀塩は将来が無いという思考になるのかな。
芸術としての思考なら、道具や技術なんて関係ないわけです。
そのうち「女子カメラ」みたいなノリの雑誌で
「銀塩なんちゃら」というホビー雑誌が出てきそうですが・・・。
さて、どこまで落ちるやら・・・。
ネイチャーとホビー以外の作品を公開発表するエリア(場所・メディア)が
極端に少なくなりつつありますね。
写真の主流は完全にアマチュアへ移行しちゃいました。
駆逐しないで!
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年11月19日(水)08時14分24秒
返信・引用
雑誌「pen」にデジタル×写真術という大見出しがあったので買った。
同時に腕時計の特集もあって、こちらは手巻きとか「アナログ」が大流行りだが…
腕時計は僕が高校入学の頃に「デジタル式」腕時計が流行ったので、最初の腕時計は迷わずデジタルを選んだし、最初のカメラはキヤノンA-1で、これもファインダー内の表示が「デジタル」だったから、僕はこれでも「デジタル」という文字に抵抗感は無かったはずなのだ。
まあいつの時代も若者は最新の物が最高だという気持ちになるものだと思うが、今思えばその基準はなく、単に広告やマスメディアの情報に影響されやすいだけなのだ。
それがだんだん世の中の仕組みが分かって来るとひねくれてくる。(笑)
さてこのpenに掲載されている文章や写真はひどいと思う。
東松氏の作品はあの出方でOKなのだろうか?(ひどい色とトーンジャンプ)
島原氏は講師だそうだが、言っていることが非常に偏り過ぎている。銀塩はデジタルに「駆逐」されたとして、今後銀塩を続ける写真家は単なるロマンティシズムでまるで未来はない、かのように言っている。
そうやって若者に教えるのもどうか?銀塩に憧れる若者を「銀塩幻想」とまで決めつけているし。
どうしても全員が完全にデジタルに移行しないと採算がとれないメーカーの思惑も感じるし、キヤノンやエプソンの文字を赤太文字にしているのもそういうことだと思うのだが…何だか思想統制みたいで恐いものを感じる。
僕にとってデジカメはどんどんビデオカメラになってます。(だらだら連続撮影。)
大きなモニターがもし買えたら、一日中モニターの前に座って画像を絵画のように加工するかも。
絶対に銀塩写真と違うところにデジタルの面白さがあるのだから、銀塩を「駆逐」しちゃあ駄目です!
http://www.valoy.com/
海外(日本外)
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年11月10日(月)09時46分16秒
返信・引用
今年は東京の知り合いの人が「外国ラッシュ」です。
ひとりはアメリカ。
http://photoawards.com/
もうひとりはフランス。
http://www.parisphoto.fr/
面白いな〜。(色んな意味で。)
http://www.valoy.com/
Re: スタンスとして
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年11月 6日(木)09時48分26秒
返信・引用
>
No.706[元記事へ]
アトリエ諏訪山さんへのお返事です。
> ただ、自分の感覚が狭いことで受け入れられないんじゃないかという、疑いはいつも自分の中に持っています。そして、作品を見ることによって、私自身の感覚を拡げてくれる楽しさというのもあると思います。
自分の感覚やものを見方を試されるという部分はあると思います。
また自分の感覚、感性なんてちっぽけなものだという意識も、謙虚さではなく、常識として持っていないと自分の可能性も殺してしまうんでしょうね。
つまらないと思いながら、何故この作品は世間で評価を受けているのかも考えています。でも結局やっぱりつまらなかったりもするわけですが…時が経てば分かりません。
> 私が”律”というのは、作家がそうせざるをえない、作らざるを、やらざるをえない、とこまで含めて ”律” という言葉を使っています。いわゆるその人の ”作家性” ですね。そこに、言葉にならなくとも、なにか、筋のようなもの、一貫して感じられるものがないとよくない!と思うんです。
「義務的」な感覚というのはそこから生じるのだと思います。創作しなくてはいけない人というのはそういうものだと思うのです。
きっと節操がないものはあくどいというか、受け狙いの意図が見えてしまったりするんでしょうね。その時点で気分的にアウトになります。だから企業のようなプロダクション的なアート活動というのはあまり好きにはなれないです。作家個人の顔が見えないし。
> その作品をじっくり見たいからと、雑誌や本を買うということがなくなってから久しく感じます。
> 何度も見る、時間をかけて見ることができるものが、、、減ってるのかなと思います。
僕もしばらく最新刊の写真集を買っていません。
見ても欲しい衝動がおこらない。まあそこのところを一度は疑ってみないといけないのかもしれませんが。(笑)
> 実際、いつも楽しませてもらっています(笑)
感謝です!
> 私は、"BITCH" を愛していますから(笑)
「BITCH同好会」を設立しないと日本から絶滅しそうです。(笑)
http://www.valoy.com/
Re: スタンスとして
投稿者:
アトリエ諏訪山
投稿日:2008年11月 3日(月)22時34分14秒
返信・引用
>
No.705[元記事へ]
ヨーシローさんへのお返事です。
> 手垢にまみれているかもしれませんが、それを見て心が洗われるとか、勇気がわいたとか、、、そういう心を動かす力が無いものは芸術とは呼べないのではないか?
これは同感です。ただ、自分の感覚が狭いことで受け入れられないんじゃないかという、疑いはいつも自分の中に持っています。そして、作品を見ることによって、私自身の感覚を拡げてくれる楽しさというのもあると思います。
> その要素に「律」というものは必然だと思います。
私が”律”というのは、作家がそうせざるをえない、作らざるを、やらざるをえない、とこまで含めて ”律” という言葉を使っています。いわゆるその人の ”作家性” ですね。そこに、言葉にならなくとも、なにか、筋のようなもの、一貫して感じられるものがないとよくない!と思うんです。
今はどの世界でも言葉が巧いものが勝ち、みたいになってるような気がします。
そのうち,皮肉として、ただ説明だけのアート作品というのも出てきそうです。
シンプルに心を動かすもの、見たいし、できることなら、自分もそんなものが作れたらいいなと思っています。
>
> >手ごたえ無い軽いものを量産してても仕方がないんじゃないか。
その作品をじっくり見たいからと、雑誌や本を買うということがなくなってから久しく感じます。
何度も見る、時間をかけて見ることができるものが、、、減ってるのかなと思います。
> 反省。。。でも実験を含めて楽しみます。僕はそれは「娯楽」でもいいんです。
> その中に突然手応えのあるものができる。そういうスタンスが好きです。
反省なんてしないで下さい!ヨーシローさんの”娯楽””楽しむ”ということはよくわかります。
実際、いつも楽しませてもらっています(笑)
私は、"BITCH" を愛していますから(笑)
スタンスとして
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年11月 1日(土)12時52分33秒
返信・引用
現代アート=コンセプチュアルアートではないと思うのですが、コンセプトの力、つまり説明されないと理解しにくいのが多いのも事実だと思うんです。
単なる落書きにしか見えないのに、ゴミを拾ってそれをくっつけて色塗って何年も毎日続けている、とか…
でもそれって本当に芸術?というのも僕も含めて一般の人たちの素朴な疑問だと思います。
手垢にまみれているかもしれませんが、それを見て心が洗われるとか、勇気がわいたとか、、、そういう心を動かす力が無いものは芸術とは呼べないのではないか?
その要素に「律」というものは必然だと思います。
>手ごたえ無い軽いものを量産してても仕方がないんじゃないか。
反省。。。でも実験を含めて楽しみます。僕はそれは「娯楽」でもいいんです。
その中に突然手応えのあるものができる。そういうスタンスが好きです。
http://www.valoy.com/
もう一度 ”律”
投稿者:
アトリエ諏訪山
投稿日:2008年11月 1日(土)09時04分33秒
返信・引用
コンセプチュアルアートは、文字どうり、コンセプトの芸術だと想う。
コンセプトという筋が通ってないと意味をなさないんじゃないんかな?
深い思考と作家自身の中の本質的な ”律” がないといけないと思う。
私は写真も同じ状況にあると想う。
手ごたえ無い軽いものを量産してても仕方がないんじゃないか。
以上は、新着順31番目から40番目までの記事です。
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