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Re: 自由
投稿者:
猫夜叉
投稿日:2008年 8月11日(月)21時37分37秒
返信・引用
>
No.650[元記事へ]
プロが作品を公で発表しようとすると
必ず写真界の閉鎖的なシステムにぶつかっちゃう。
これを回避するために
独自のネットワークを作ったりするんだけど
これが、どうしてもまだアマチュアの域なのですね。
写真界は特にプロとアマチュアの境界を取っ払うことを
良いとする考え方をしているヒトが多いけど
結果的にはその考えが悪い方向に働いちゃってますよ。
木村賞も結局アマチュア(素人)に受賞させてからおかしくなっちゃった。
「ほら、写真って簡単でしょ?」みたいな風潮。
(メーカーもレッスンプロも)
写真の奥行きなんて、そうそう簡単に解るわけないのにねぇ。
芥川賞取っても、木村賞取っても結局プロとしての作家になれない。
で、じゃぁプロって何?
客観的定義はさておき
大切なのは本人の自覚とプロとしての責務なんでしょうね。
独自のネットワークがプロの域に達するまでみんなで頑張りましょう。
達成すれば既存の閉鎖的システムは自然崩壊しますよ。
Re: 公式スポンサー
投稿者:
猫夜叉
投稿日:2008年 8月11日(月)21時05分30秒
返信・引用
>
No.651[元記事へ]
日本以外では
ボイコット運動が盛んですよ。
日本の選手はわりと無関心で
勝ち名乗りをあげることしか考えてないようですね。
まぁオリンピック選手がスポンサード企業のCMで
露骨に商品アピールをする国ですから。
>日本のカメラメーカーはなっていないんですね。
なにせ史上最低のオリンピックですから
マイナスイメージが先行しかねないため、
(開催中、何が起きるかわからない)
スポンサー集めも難航したんじゃないですか?
それにキャノンは2008中国スーパーリーグの公式スポンサーですね。
このうえ北京五輪のスポンサーでもやったら
中国三昧で叩かれるに決まってますので。
高い放映権料を払っているテレビは
視聴率が下がるといけないので
北京五輪の悪材料を報道しないし・・・。(会期が終わるまで)
ヨーロッパでは、
せめて五輪放送をテレビで見ないようにしよう運動も起きているらしいですよ。
インチキ臭いパンツはいて
勝つことしか考えていないような選手を
とてもじゃないけど応援する気にもなれないですけど・・・。
あら・・・、金とっちゃったよ・・・。
公式スポンサー
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年 8月11日(月)11時00分24秒
返信・引用
北京五輪の公式スポンサー
http://en.beijing2008.cn/90/53/column211995390.shtml
これを見たら日本のカメラメーカーはなっていないんですね。Panasonicはそうだけど、Nikon Canonがなっていないのは珍しくはないのでしょうか?
いや、全然気にしていなかったのであれですが「公式記録カメラ」なんてのに決まったら宣伝に使っていなかったかな〜?
しかし今のハイビジョンの画質ならスチール画質もデジカメ並み?もしそうだとしたらデジカメ不要?
なんだか心配になってきました…
http://www.valoy.com/
自由
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年 8月10日(日)01時17分39秒
返信・引用
日々判明してクリアになりつつある。やっと…
日本の写真界の閉鎖性は十数人の著名写真家ががんばっているお陰!(笑)
著名じゃない自分を自慢するとき、いかにこういう著名写真家を知っているかということを言う人も後を絶たない。
シャッターを一回だけ押して帰るとか、ピントも露出も全然デタラメとか…「それだからあの人は一流なんだ」!?
全く無駄のない循環をしている日本式システム。(笑)そりゃちょっとやそっとでは壊せない。
幸いというか当然このシステムには組み込まれない自分。
全くもって「自由だぁ〜!」
http://www.valoy.com/
楽しさを広める。
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年 7月31日(木)01時45分24秒
返信・引用
写真は絵画などと同じで、一般的に目に見える(visible)表現媒体ですが、目に見えない(invisible)部分までを評価しようとするとややこしくなりますね。でもその見えない「何か」を感じさせる写真こそが大切だし、後世に残る名作と言えるんでしょうね。
諏訪山さんがおっしゃる「磁場」とはつまりinvisibleな感覚だと思いますが、それを一般に広く感じさせようとすると優れた解説者や評論家の助けが必要になってくるんですよね。日本ではここをまず難解にするのが評論家の仕事だったようで、このおかげで一般人に対して「難しい」という感覚を植え付けた歴史があると思います。よく聞く「芸術は分からない」という台詞。あれですね。
その背後に「権威主義」などがあるからなおさらこうなるのだと思いますが、難解で一般に伝わりにくいものはそもそも専門の学問であって、いわゆる芸術ではないんですよね。それをどこかではき違えて来た歴史があると思います。
やはり写真も気軽に部屋に飾ってもらったり、写真集という形でいつでも本棚から引っ張りだして見られる環境にしてもらわないと、いつまでたっても難解で遠い存在にされてしまうんでしょうね。だから「僕の写真は芸術なんかじゃない」と言ったほうが気が楽で活動しやすいんですよね。自分が定義する事柄じゃないのに、ですよ。そうしないとじっくり見てもらえない。
ヌードなんてまずは助平から入ってもらわないと困るんですよ。そう思ってじっくり見ていたら、あれ?という感じが理想です。
museeさんがおっしゃるように、面白いか面白くないかの奥ですね。何故この写真家はこれをこういうふうに撮ったんだろう?という奥側のinvisibleの地点まで来て欲しい!もちろんそこまで思わせる作品を制作しないといかんのですけど、評論家のこじつけに近い強引さで、しかも権威主義と商業主義が入り込んだものほど面倒でわずらわしくて面白くないものはない!そこにははっきり「NO」をせめて言っておくべきだと思います。
その証拠にイヘー賞は年々一般から遠ざかっています…よね?
日本において写真はまず楽しさを広めていかないといかんですね。まずそのレベルから再出発ですよ。当然アマチュアはすごく楽しんでいるんですけどね。(苦笑)
http://www.valoy.com/
写真の楽しさ。
投稿者:
musee
投稿日:2008年 7月29日(火)08時07分6秒
返信・引用
写真家の作品の私の見方は、問いかけがどうあるかを見るようにします。
なぜ?どうして?も必要です(笑)。
一般的には、なるほど!面白い!が評価の基準になってます。
違う価値観をお互いに共有し、理解し合う事が、平和への1歩なのに。
同じ価値観しかみとめない。
芸術は本来、自分の考えを多くの人に知ってもらいたいと思うことから生まれていると考えます。
海外の写真家は、自分の作品を理解してもらいたいがための伝言が、いたるところに散りばめられてます。
ジャンルー・シーフやマンレイの作品は、まなざしを意識させるし、写真を見る側の感性を問います。
昔の日本人は分かろうとする努力が心を豊かにするという考えを大切にしていました。
しかし、今は自分が面白いか、面白くないかで判断するようになりました。
人の裸は、本来在るがままの姿です。
それをどう捉えるかは、見る側の考えひとつです。
それを忘れないことです。
分かろうとする努力、理解がなくなることは、哀しいことです。
写真の「磁力」
投稿者:
アトリエ諏訪山
投稿日:2008年 7月27日(日)11時53分2秒
返信・引用
岡田さんの作品については、語るに足りるものではないなと思っています。
男女の下半身がおてて繋いでさようなら、、、で終わる程度の世界観に何かを言う必要はないと思う。
巧妙な商売人による「商品」にすら、なりえていないと思います。
あれは、若い学生の学校の課題に対する習作でしょうか?
むしろ私は、志賀さんの作品の”咀嚼せずに吐かれた映像の暴力性” のほうが気になります。
写真の「磁力」を、引用し、使おうとしてるようですが、残念ながら「磁力」は、そこからは感じられません。
方向性のない暴力がとりとめなく並んでいるだけという風に感じました。
落書きの個人的なカタルシスを見せられても辛いです。
まあ、でも、どちらも、本として、手元にいつも置いていたいと思う人もいるのでしょう。
しっかり、出版されるということは。
友人が東京の写真美術館に行ってきて買ってきた、マリオ・ジャコメリ展のカタログを見せてくれました。
この人の写真、私は好きです。不思議な「磁力」がしっかりあります。
ひとつの理想
投稿者:
ヨーシロー
投稿日:2008年 7月26日(土)11時00分37秒
返信・引用
うーん、いろいろと考えさせられます。そうこうしているうちに日々いろんな事件やら問題点が浮かび上がってきて、まともに考えていたら眠れなくなりそうなので受け流すという習慣も身につけつつあります。
また絶望している世界には見切りをつけて見ないようにします。
しかしそうやって消去しているうちに見るべきものも無くなっているような虚しさも日々増しますねぇ。
まあ信じる人やものとのつながりを濃くすることでしか、バランスが取れなくなりそうです。
>でも情報化が蔓延し過ぎて、何を選んでいいのか解らなくなっちゃった。
今情報の発信者がかつてのジャーナリスト精神のある人たちじゃなくて、金儲け=高視聴率=受け狙いの人たちばかりでしょ。このへんもかなり腐っていますから、情報の信用性も低くなっちゃったと思います。加えてネットの情報量は増大すると同時に分別されないまま垂れ流し状態。今そういう情報に翻弄される人とほとんど信じない人に分かれつつあるような気がします。そうなるとある人が言ってた「鈍感力」も必要になる気がします。まあアホにならなきゃやってられないという感じでしょうか?
それと比例するように自分の感性も鈍感になっているのが僕の悩みなんですが・・・(苦笑)
>いえいえ、またしてもですよ。
陰部を「最終兵器」として使っている事自体、
表現者として恥ずべき行為でしょうね。
僕だけじゃなくて良かった。(笑)
ああいう写真集は見ていて違和感があると思いますけど、誰も文句を言わないのですかね?
彼は文章も書けるそうで、被写体になったリストカッターの話で本を出して、それも売れているそうですね。まさに今の日本を象徴するクリエーター?アーティスト?という名の商売人ですね。
もちろん金儲けが悪いとは言わないけれど、TVで「撮影してもらったあと彼女たちは泣くんですよ。」と放送された彼女たちが商売道具にされたと感じたらどうなるんでしょうね?言い訳はいくらでも用意されているんでしょうが…
スガシカオとか分かりやすいですね。全く作家性を感じないから興味もないのですが、ちょいとおしゃれな感じでインテリぶりたい女子には受けてましたね。
あの頃から村上隆とか今の現代アートも育ってきたので、時代に要求されて時代にのっかった成功者ではあるんでしょうね。
でもきっとそういう成功者たちの心が苦しい時が自然に来るのは間違いないと思います。自分のアイデンティティじゃないもので表現していたら、いつかそいつに潰されるという真理を理解していないだけだと思います。
拓郎は一時期そういう苦しみを味わったことも正直に歌にしています。だから信じられるんですけどね。
今の日本で本物の作家と思える人は非常に少なくなりましたが、実は表舞台に出してもらえないか、出たくないかなんでしょうね。
舞台に出た途端にそれまで積み上げてきた世界に他人が土足で上がり込んで来るわけで、それには普通耐えられないんじゃないかと思うんですよ。
だから写真が世間一般からいまいちマイナーな存在なのは良いことじゃないかと最近は思います。
こつこつと地道に自分の世界を作っていって、自分の世界の中で死んで行く。理想ですね。(笑)
http://www.valoy.com/
Re: I am...Vol.2
投稿者:
猫夜叉
投稿日:2008年 7月23日(水)03時20分51秒
返信・引用
>
No.643[元記事へ]
>鷹野氏のも陰部を切り離すという気持ちの悪いことをやりましたが、またしても、と思うのは僕だけでしょうか?
いえいえ、またしてもですよ。
陰部を「最終兵器」として使っている事自体、
表現者として恥ずべき行為でしょうね。
推理作家だと東野何某とか・・・ね(陰部じゃないけど)。
要するに作家としてのアイデンティティが無いわけ。
表現者が「作品」ではなく「商品」を作るとき、どうするかといえば
まず「自己」を殺すわけですよ。
ス○シカオが若い連中に「売れたきゃ、自分を殺せ!」って言っているようにね。
市場から見て何が売れるか、面白いか・・・。
「自己」を殺せば、頭打ちもなくいくらでも、作品が生まれるのだと。
まぁ、プライドもないからパクリも平気でやれる。
日本の多くの作品がこんな作られ方なんですね。
ブレッソン、アベドン達と比べると
なにか決定的にそして絶望的に作家性が違うんですよ。
日本の音楽界ってもう死んでるでしょ?
完全に2極化しちゃっている。
プロモーションされる音楽(金が稼げる)とプロモーションされない音楽。
小室ファミリーが世に出た頃からですかね、
プロモーションの為、レコード会社などがラジオやテレビから選局権を買い始めた途端、
売れ線以外の曲がすべて電波から消えちゃったわけ。
金が掛けられないアーティストはラジオやテレビで見れないんですよ。
そういうシステムが嫌で、自力でライブやってるアーティスト多いです。
メディアには出れないので世間では消えたと思われていますが。
××カメラのグラビアが、一時、ページ買い取りの噂が流れたんだけど、
載せてもらえなかったヤツがひがんで言いふらしたというオチ。
写真界はマイナーすぎて、まだ有料プロモーション時代が来てないだけマシかもね。
今、映画なんて娯楽映画以外、アホらしくて誰も作んないようになっちゃった。
ポーニョポーニョもかわいいけどさ、
いい加減プロモーション無しでやってみろよと言いたいですね。
結局映画界を殺しちゃってるということを解ってない、三谷もね。
Re: I am...Vol.1
投稿者:
猫夜叉
投稿日:2008年 7月23日(水)03時19分30秒
返信・引用
>
No.643[元記事へ]
>森山氏は写真展で見るとやはりつまらないですね。
このヒトの作品は、イメージ的コラージュとでもいいますか
「生(なま)」が見えないのね。
そういうところが或る意味漫画的なのかな(承けやすい)。
最近の森山写真展は昔のようなあの小汚いプリントを
沢山並べるのではなく、
超大型プリントをこれでもか!というくらい
沢山並べて、入場者を圧倒させてますよ。
事実、私もその迫力に圧倒されました。
ただね、残らないんですよ。
とてもいいんだけど、残念ながら一枚の画すら印象に残らない。
一枚の作品の完成度を高めてゆく手法じゃないですからね。
でも、他の同世代写真家があまりにも酷いから、
ミーハーで乙女チックなところを除けばイイ作家ですよ。
>村上隆
あぁ・・・まず、顔がキライ(笑。
岡本画伯と同じ舞台に商人をあげちゃうのは・・・・ねぇ〜。
ホリエモンがマンガやってるようなもんじゃないですか?
>ここはやはり言うしかないんんですよね。ことあるごとに言うことは力になると思います。
>ただ僕はそことはまったく接点がないのでどうしようもないですが…
言葉で何かが動く時代じゃないですから
我々は何かに対して影響力・説得力のある作品を継続して
発表していくことしかないでしょうかね。
>あくまでも孤高は孤高で受け入れてもらう必要は全くないと思いますよ。
本来、作者が孤高であろうがヤクザであろうが
作品に説得力があれば、それだけでも一人歩きしたんですよ、数年前までは。
でも情報化が蔓延し過ぎて、何を選んでいいのか解らなくなっちゃった。
本来情報が増えればヒトはインテリ化していくはずなんですがね?
時代の流れと共にヒトは高度で難しいモノを望むようになるはずが
機械類の発達のせいか、一気にヒトの脳が退化しちゃったかな?
以上は、新着順91番目から100番目までの記事です。
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